「キャノンボール」
中村一義
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[PART I] これは ゆでちゃんの物語だ オハヨーゆでちゃん みんなで遊びに来ましたよ 50代のおばさん連中が ゆでちゃんの住むアパートに 早朝から 勝手に押し掛けて来たわけだ 動物のドキュメンタリービデオを 夜遅くまで見ていた ゆでちゃんからしたら たまったものではない こんなことならしっかりと 部屋の鍵を閉めておくべきだった ゆでちゃんは後悔した ゆでちゃんは目を開ける 大体が知らないばばあだ ゆでちゃんは逃避するように 頭から布団をかぶる も~ ゆでちゃん起きてよ みんなでせっかく来たんだからさ~ ゆでちゃんは沈黙を貫く ね~ みんな ゆでちゃん布団から出てこない気だから 無理矢理 布団を剥いじゃいましょ鵜よ せーの やめろ やめろ ふざけるな ゆでちゃん必死に布団を押さえた だが おばさん4人の腕力には勝てなかった ほーら出て来た あら ゆでちゃん ま~ 剥がされた布団から出て来たのは 白ブリーフ一枚のゆでちゃん44歳 元詩人 現在無職 手にはどういう訳かヌガーの包み紙が 握られている [PART II] ゆでちゃんは古い中華飯店で ラーメンをすすっていた ワカメとネギ シナチクとナルト 衛星軌道に乗った初めてのブリーフ 持ち主は当然ゆでちゃん なぜなら ゆでちゃんはアイアンメンのように 高速浮遊術が使えるのです 2時間前、ゆでちゃんは 垂直に高度をあげて うち上がった それはもうロケットのごとく 高度が大気圏外まで達したとき 衛星軌道に向けてみずからの 白ブリーフを解き放ったのである 現在 ゆでちゃんのブリーフは 時速 28400kmで地球の周りを回っている すなわち ブリーフを脱ぎ捨てた ゆでちゃんは 全裸でラーメンをすすっていることになる 塩 醤油 バター 豚骨 お団子頭の女子 芸能人のサイン そんなものに興味は無い 味噌 ゆでちゃん 味噌 その一点につきる ゆでちゃんの目はいつになく真剣だった [PART III] 珍しくゆでちゃんは合同コンパ 通称合コンというやつに参加している いつもはブリーフ一枚のゆでちゃんだけど 今回は若いレディーの前ということで ビシッと紺色のジャージ 上下で決めている 今回の会合の幹事であり ゆでちゃんの親友でも ある奥村は時計をチラチラと見て気にしている そうなのだ 肝心のレディー達が まだ到着していないのだ 他の男性参加者が奥村に口々に文句を言う中 ゆでちゃんは 腕を組み 目を閉じたまま沈黙を貫いている そんな ゆでちゃんの 静けさの中のただならぬ殺気に 他の男達も気づき場に沈黙が流れる 実は ゆでちゃん 緊張しているのだ 普段から ばばあ共にはモテモテのゆでちゃんだが 若いレディー達の前ともなると勝手が違う どう振る舞うべきかいろいろとシュミュレーション を頭の中で繰り返す ハニワ 密林 パンプキンケーキ 中央分離帯にリス3匹 名古屋城付近 カポエラ使い テリーメンの髪型 やがて1時間遅れで女性陣が到着する これといって美人はいないが 不美人もいない ゆでちゃん達 中年にはもったいないくらい のレディーがやって来たのだ 奥村の乾杯の 挨拶を皮切りに 自己紹介タイムが行われた ゆでちゃんは知っていた この自己紹介タイムの第一印象で この会合における 自分の立ち位置がきまること すなわちこの自己紹介が成功すれば レディーとのベットインも 成功したようなものなのだ つぎつぎに自己紹介がなされ とうとうゆでちゃんの番がやってくる ゆでちゃんは静かに口を開く 袴田ユデ彦 46歳 童貞 仕事は 現在無職であります 特技は 高速浮遊 趣味は・・・ ゆでちゃんはここで それまでつぶっていた目をカッと見開く 趣味は勉強でございます ゆでちゃんの趣味は勉強 どうやら ゆでちゃんは 自分を高く見せようとしてしまったようだ [PART IV] 現代都市生活者につきまとう 病理 すなわちストレス ゆでちゃんはその発散方法の一つとして コンピュータゲームを選択していた 携帯型ゲーム機4BS本体に カセットを挿入する ロード後 モニターに映し出されたのは 帽子ブラザーズのタイトル画面 つい先ほど中古ショップから 購入したばかりの 新作タイトルだ ゆでちゃんは最初からフルパワーで コントローラーのボタンに連射を打ち込む 当然 モニターの中の メタボリック帽子男は フルパワーで走り始める しかし向かいからは巨大栗の怪物 「くりぽー」が悠々と闊歩してくる 通常ならばジャンプをすることで この危機を乗り越えられるのだが ゆでちゃんは一歩も引かない そのまま一直線にダッシュ ここで逃げたら 俺はもう一生立ち直れなくなる 気づくとゆでちゃんも一緒に 街中を疾走していた ゲーム機を構え ブリーフ一枚 闇夜を駆ける メタボリック帽子男に くりぽーが迫るのと同じように 現実のゆでちゃんにもダンプカーが迫る ゆでちゃんはどうなる このあと ゆでちゃんはどうなるというのか そのあと メタボリック帽子男とゆでちゃんは 共に蒲田シティーの路上に立っていた 奇跡が起きたのだ 意気投合した ゆでちゃんとメタボリック帽子男は一晩中 公園で飲み明かしたと聞く [PART V] 南国の孤島 ビーチにはバカンスを楽しむ 資本主義経済の勝者達 ゆでちゃんは そうした一団が戯れる 区画とは離れた場所で 一人作業に没頭していた 4ヶ月ぶりに手にした仕事 それがこの島に6週間住み込みで 独り 芋を掘るという仕事だった 一日のノルマ分 掘った芋は倉庫の中に入れておく 朝になると倉庫の芋はどこかに 運ばれている その繰り返しを4日ほど続けている 最初に作業説明に来ただけの 片言の現地スタッフはいたが 現場を監督する人もいない 本当に一人きりの作業 ただ芋を手作業で掘り起こしていく 意味などは無く ただ 金を稼ぐために 手を動かす 早く日本に帰りたい この仕事を終えたときに入ってくる 金があれば、3ヶ月は働かなくても 暮らしていけるはずだ 土 芋 遠くに海と空 土 芋 遠くに海と空 土 芋 土 女 芋芋女芋 ゆでちゃんは次第に この掘り起こした芋が 若い女性に思えて来たのだ そう考えるとこの作業がとても楽しくなった 土を掘っていくと 女の子達が笑顔でゆでちゃんを迎えてくれる 沢山の女の子に囲まれるゆでちゃん 作業最終週 ゆでちゃんはミリナという 一人の芋の少女に恋心を抱いてしまった ミリナはあどけない顔に似合わない とてもグラマラスなボディーをしていた その夜、ゆでちゃんは倉庫でミリナと一緒に 体を重ねて 寝たのだった 朝目を覚ますと 大勢女の子達はどこかに運ばれていた 当然ミリナもすでにそこにはいなかった 放心状態のまま残りの作業期間を終えて 日本に帰宅した ゆでちゃん 自宅に帰る途中近所の八百屋の店先を見て ゆでちゃんは戦慄した そこにはあのミリナが笑顔で立っていたのだ これは神が与えた奇跡なのか・・・ その数日後 芋を抱えた、タキシードのゆでちゃんが 白いチャペルから 楽しげに出て来たと聞きます [PART VI] 最近ネットで話題になっている新しいジャンルの 音楽だ サウンド的にはBPMの遅いダークなトラックの上に オリジナルの「呪文」がひたすら 詠唱され続けている 不気味なサウンドだ その音楽を最初にはじめたのは日本人の ハンバーガージョニーという 21歳の大学生 ハンバーガージョニーのアルバムが ドイツのネットレーベルからリリースされ 徐々に話題となりヨーロッパ全体に広がりだした 最近日本にも逆輸入的に紹介され ネット音楽を好む層を中心に 話題になっている そしてハンバーガージョニーの主催する ネットレーベルSpellwave Tokyo からは常に刺激的な音源がリリースされている Spellwave Tokyoのリリースパーティーには毎回沢山の 若者が集まる。コスプレ美少女からギャルっぽい娘まで 綺麗どころが大勢遊びに来ている訳だ そんなSpellwaveシーンの状況を 嫉妬の眼差しで見ている男がいた ゆでちゃん37歳だ [PART VII] ゆでちゃんはブリーフ一枚 暗い部屋でPCモニターを眺めている ゆでちゃんは3年前ポエムコアという 新しいジャンルを作り出し 一時、めろめろ動画界隈では話題になった 勢いにのったゆでちゃんは ポエムコアライフというネットレーベルを立ち上げて イベントも開催したのだった しかしそれは話題になったような気がしていただけで 実際の結果は散々 レーベルのリリースは音源が集まらなくて 4作品でストップ クラブを借りて意気込んで開催したイベントには お客さんが7人しか入らなかったのだ Spellwaveとポエムコアはサウンド的にはよく似た感じだった そのことがゆでちゃんの嫉妬心をさらに肥大させた モニターに反射するゆでちゃんの歪んだ顔は ひどく滑稽だった ゆでちゃんは制作したポエムコア音源を Spellwave Tokyoに送ったこともあるが、方向性が 合わないという理由でリリース出来なかった 確かに Spellwaveは圧倒的にスタイリッシュで ダンスミュージックとしての完成度も高かった ポエムコアは所詮、スカムなネタ程度のものという認識で 忘れ去られたのだ それでもゆでちゃんは現在までポエムコアを作り続けている 真っ白だったブリーフも大分黄ばんでいる ゆでちゃんはこの一曲に ポエムコア再生の全てをかけていた 全24時間に及ぶ大作 「ひとで物語」だ 現在ミックス作業を残すのみという段階まできている しかしゆでちゃんは今夜行われる Spellwave Tokyoのイベントが気になっていた ポエムコアのイベントを開いたときに お客さんの中に一人だけ 女の子が来ていた 20代前半ぐらいで 蒼い髪をしていて フロアの隅でポエムに合わせ 妖精の様に ゆらゆらと体を揺らしていた イベント全体でお客さんが7人とはいえ 自分のイベントに可愛い女性が来てくれたことが うれしくて たまらずに話しかけたのだ 昔から若い女性が苦手で 現在も男ばかりの工場に勤務する ゆでちゃんにとって その行為はとても珍しいことだった 「ゆでひこです 今日はイベントに遊びに来てくれてありがとうございます」 「ゆでひこさんの ポエムコアいつもお家で聴いてます」 「ありがとうございます 何かお酒でも飲みますか」 ゆでちゃんは女の子にドリンクを奢ろうとしたのだ 「いえ お酒は大丈夫です・・・あたしバイクで来てるんで ミネラルウォーターなら・・・」 「ちょっと待っていてくださいね」 ゆでちゃんはカウンターでミネラルウォーターを注文し 彼女に手渡した 「ありがとうございます ゆでひこさん その・・・本当にブリーフ一枚なんですね」 「あっ ごめんなさいレディーの前でブリーフ一枚なんて 本来ありえないですよね でもこれ僕のポリシーなんですよ あ、あの ポエムコアのどんなところが好きなんですか?」 「ポエムコア・・・の好きなところ ごめんなさい あたし ゆでひこさん以外のポエムコア あんまり聴いてなくて ゆでひこさんの作品の 好きなところなら答えられますけど・・・」 「聞かせててください」 「ださいところかな ださいけど暖かいところが好きです」 ゆでちゃんはそのときとても舞い上がった しかし 現在その蒼い髪の女性は Spellwave Tokyoのイベントの常連で 露出度の高いアニメキャラの コスプレをしていると風の噂で聞いた Spellwave Tokyoのイベントがやはり気になる ゆでちゃんの嫉妬心は 音楽の化け物を生み出す燃料だ 息抜きもこめてイベントに行ってみるか・・・ コスプレ美少女も拝見できることだし・・・ ギャルブランドのパーカーをブリーフの上に羽織る これは、とある カリスマギャルモデルのトークショーで行われた じゃんけん大会で 10代のギャルを尻目に 37歳のゆでちゃんが勝ち進み ゲットした一張羅だ 黒い一輪車にまたがる ゆでちゃん 蒲田シティーから、渋谷までこいつで 闇の中をこぎ出す たぶん、ゆでちゃんが渋谷に着く頃には Spellwave Tokyoのイベントは とっくに終了しているだろう 完全な無駄足だと彼を笑うのは簡単だ しかし 全ての答えは出ていない いずれ正しさの基準なんてものは覆される 全てのゆでちゃんは そのまま 闇を突き進んでかまわない ゆでちゃんは 一人ではない あなたも ゆでちゃんであるように